研究テーマについて

ここでは、中俣の研究テーマを

  1. 話題が語彙・文法・談話ストラテジーに与える影響
  2. 語彙と文法のコロケーション(コロストラクション)
  3. 話し言葉と書き言葉の文体
  4. 並列表現の記述
  5. 評価的意味の記述
  6. ICTを活用した教育実践

の6つに分けて説明します。現在、中心的に行っている研究は1.~3.です。いずれの研究もコーパスと呼ばれる実際に使用された言語の大規模なデータベースを活用し、計量的な手法で取り組んでいます。

1.話題が語彙・文法・談話ストラテジーに与える影響

我々の会話には必ず話題が存在し、この話題によって使用する語彙が変わる。これは当然のことですが、実はそれ以上に大きな偏りがあることがわかりました。例えば、時間を表す表現「~た」「~ている」「昨日」「毎年」は、食べ物の話題にはあまり出現せず、テレビや映画の話題に多いといったことです。これは、2015年に構築した『日中Skype会話コーパス』というたまたま話題が統制されていたコーパスを分析していて気が付きました。一見、何の変哲もないことのようですが、言語教育における意義は大きいです。話題なき言語活動・教室活動はありえないからです。

この影響をさらに大規模に調査するために、2020年には『日本語話題別会話コーパス:J-TOCC』を構築。話題の影響の多面的な分析を継続して行っています。話題はそもそもいくつあり、どのように関連しているのかということも研究の対象です。また、このコーパスは2018年~2019年の大学生の会話を収録した貴重な資料とも言えます。

このテーマに関する主な業績

2. 語彙と文法のコロケーション(コロストラクション)

コロケーションとは語と語の組み合わせのことです。「空を飛ぶ」などが一例ですが、実質語と機能語にもよく用いられる組み合わせがあります(これは「コロストラクション」と呼ばれることもあります)。ここに焦点をあて、日本語教師が例文を作る時に役に立つ情報を取り出そうとしています。

例えば、従来の記述文法では、状態を表すとき、自動詞なら「開いている」のように「ている」を使い、他動詞なら「開けてある」のように 「てある」を使うと説明されてきました。 しかし、コーパスを調べると、何と「てある」の半分近くが「書いてある」で占められていたのです。 これは「てある」を教えようとする時に欠くことのできないデータです。コーパスからわかる結果を日本語教育に取り入れていくことが目標です。約100項目の初級文法項目についてデータをまとめた『日本語教育のための文法コロケーションハンドブック』は多くの現場で愛用されています。今後は、中上級項目についてのコロケーション情報も含んだ文法記述が課題です。また、多数の項目のデータをまとめることで、ある文法項目がどれだけの実質語と組み合わさるかを指標化したり(生産性指数)、接続助詞の種類によって前接語の品詞の割合に違いがあり、それが伝統的な記述文法の説と一致することを発見したりしました(南モデル)。

このテーマに関する主な業績

3. 話し言葉と書き言葉の文体

「すごいおいしい!」と「大変美味である。」 どちらも同じ内容の文ですが、「文体」が異なります。そしてこの「文体」の習得は外国語学習でも困難な点の一つです。従来は「書き言葉的」「話し言葉的」という対立でとらえられがちでしたが、英語の研究では多変量解析を駆使し、複数の次元で文体をとらえることが一般的になっています。

日本語の研究でも、様々な指標に着目し、同様に多元的に文体を研究する必要があります。例えば、一例として自動詞と他動詞の割合さえも文体によって異なり、よく言われる「日本語は自動詞をよく使う「なる型言語」である」という説は、日常会話においては確かにその通りだが、硬い文書ではむしろ責任を明らかにする他動詞が多用されるということもわかってきました。

さらに、学習者の立場からすれば、「この単語は論文に使えるか?」「この表現は友達に使って変な印象を与えないか?」というように、ジャンルそのものだけでなく、語がもつ文体情報も必要です。学習者が作文を書くときに使える文体チェッカーを開発したいと考えています。

このテーマに関する主な業績

  • (論文)「日本語学習者を悩ませる文体の問題」
    『日本文体論学会誌』65, pp.119-134, 日本文体論学会 2019年3月
  • (論文)「日本語母語話者は本当に自動詞を好むのか?」
    江田すみれ・堀恵子(編)『自動詞と他動詞の教え方を考える』くろしお出版, 2020年7月
  • (論文)「主成分分析を用いた副詞の文体分析」
    『計量国語学』32-7, 計量国語学会, 2020年12月

4. 並列表現の記述的研究

学部の卒業論文からのテーマです。言語における「並列」に興味を持っています。 日本語にはのように二つ以上のものをまとめて言う様な形式がたくさんあります。 例えば、「りんごとみかん」「りんごやみかん」「りんごとかみかんとか」「りんごもみかんも」などの言い方です。 りんごやみかんは物質、つまり名詞句ですが、事態、つまり述語を並列する時にも「善人もいれば悪人もいる」 「善人もいるし悪人もいる」「善人がいて悪人がいる」「善人がいたり悪人がいたり」のように色々な言い方があります。 英語ではandとorで全て事足りることを考えると、驚くべきバリエーションの豊富さです。 この使い分けの説明として、従来は集合論の考え方を使ったり、一部列挙か全部列挙かという考え方を使ってきました。 しかし、それだと「数学や理科が得意です」は問題ないのに、「国語や体育が得意です」という言い方は少し不自然だ、 ということが説明できません。これは今までの考え方が大ざっぱだったということで、それをもう少し詳しく調べていこうと思っています。

このテーマに関する主な業績

5. 評価的意味の記述

評価的意味とは簡単にいえば、「良い内容」か「悪い内容」かということです。 日本語の表現の中には良い内容と結びつくものや、悪い内容と結びつくものがあります。 例えば、「これほどの……」と言えば、後には褒める内容が続くでしょうし、「この程度の……」と言えば、 後には貶す内容が続くでしょう。絶対のルールではありませんが、しかし予測させる「何か」があります。 この主観的な意味を記述する方法を考えています。

このテーマに関する主な業績

  • (論文)「「そんな」や「なんか」はなぜ低評価に偏るか?――経験基盤的ヒエラルキー構造からの説明――」JCLA 10 pp.42-437 日本認知言語学会 2010年5月
  • (論文)「主観的程度表現について―「~程度の」「~ほどの」「~ぐらいの」を中心に―」『日本語教育連絡会議論文集』24 pp.125 -134 日本語教育連絡会議 2012年3月
  • (論文)「日本語に潜む程度表現」庵功雄・佐藤琢三・中俣尚己(編)『日本語文法研究のフロンティア』くろしお出版 2016年 5月

6. ICTを活用した教育実践

ICTとはInformation & Computer Technologyのことです。 新型コロナウイルスの流行を受け、教育はICTを活用する方向へ大きくシフトしてきました。 これまで、京都外国語大学とハワイ大学カピオラニコミュニティカレッジ、 実践女子大学と湖南大学を結んだ実践などを行なっています。また、Google Classroomなどを活用すれば、教師が添削することも、教室に姿を見せることもなく、学習者のピア活動で「書く力」を高めることも可能です。他の研究よりも実践を伴い、学生の成長を見守ることの出来るテーマです。

このテーマに関する主な業績

  • (実践報告)「Skypeを活用した日中会話交流プログラムの実践」実践国文学 83号 2013年3月
  • (実践報告)「日本語学だからこそできる国際交流:Skypeを利用した日中合同演習授業」福嶋健伸・小西いずみ(編)『日本語学の教え方 ―教育の意義と実践』くろしお出版・2016年5月
  • (特集原稿)「国語学・国語科教育におけるコンピュータ利用」
    『情報処理センター年報2016』pp.13-16京都教育大学情報諸センター 2017年10月